雪が降ってきた。今年最後の雪だ。きっと、神様が私たちに何か新しいことを求めていて零してるんだろう。この時期に雪が降ることは珍しい。世界が歪んだ警告なんだと思う。そんな、夜。月は満タン。月のあるところには、何故か雲がない。私は、月の明かりに照らされた、雪の降る街を歩くことにした。
私は、街灯が照らす街路樹の下を、天使の羽を浴びながら歩く。隣に、誰もいない。雪は、だいぶ積もった。
ゆっくり振り出した雪に
舞っていた星達は姿をくらまして
輝きを誇っていた満月だけが顔を残した
この雲の向こうには数々の星が凛々と煌いているのだろう
この雪はさしずめ星たちの涙といったところか
この空が晴れたら
私はこの汚れた手で星を掴みとって
あなたの沈んだ瞳を照らしてあげよう
そしてあなたの瞳が輝きを取り戻したら
晴れた空に浮かぶ月に
両手を合わせよう
「由梨?」
そんな、女の人の声が聞こえる。私を気安く呼ぶのは私の友達だからなんだろう。私は、足を止める。振り向かない。
「あー、やっぱり由梨だ。どこ行くの?」
私の前に踊り立った女性は、実夏だ。冬なのに、暑そうな名前だと思う。
「私は、別に・・・」
別にどこに行く当てなんてない。きっと、私は雪の降る街を見たかったんだと思う。
「・・・そっか」
実夏は私の隣を歩く。私はつられて美香の隣を歩く。彼女はどこに行くつもりなんだろう?
「私はちょっと喉渇いちゃって」
本当なんだろうか。嘘だと思う。私には、わからない何かがあるんだと思う。こんな街に夜に歩くことは危険だし。
「ふーん」
素っ気無く答える私。他人事だって思うけど、やっぱり気にはなる。
「ねッ?よかったら今から雪だるま作らない?」
突拍子もないこと言い出す実夏。私は、呆然とする。
「もっと大勢呼ぼうか?」
私の返事も聞かずに、彼女は携帯を取り出す。私も手袋をしているし、暇だし別にいいと思う。だって、天使の羽を触るきっかけもほしかったから。彼女は手袋を取ってメールを打ち始める。寒いのによくやると思う。数秒後に、メールが返ってくる。
「夕美と薫はOKだって」
そう言って、彼女は手袋を急いでして、手袋ごとポケットにしまった。
この白くてオレンジの道を歩いていったら
誰かのところにたどり着けるのだろうか
舞い落ちる雪も
ざわめく街路樹も
私を見ているだけで何もしてくれない
私はいつも何か探している
夢はどこに置いてあるんだろう
約束したコンビニでは、黒髪のと、金髪の少女がいた。黒髪のが田中夕美で、もう片方は鈴木薫だ。
「早いわね」
実夏が言う。私は寒かったので暖かそうなところを探す。
「任せて。だって私はここに呼ばれる前からいたし」
薫が言う。補導の対象だ。
「私は頑張った。家近いから別にいいけど」
そう言う夕美。結局私達が一番遅かったわけだ。
「で、とりあえず何か食べない?肉まん奢るわ」
薫が金髪を掻き揚げながら言う。
「私あんまんがいい!」
そう言ったのは実夏。あんまんは口の中が火傷しそうになるから嫌だ。
「ダメダメダメ。絶対全員肉まん。嫌なら奢らないわよ?」
「えー。肉まんって肉少なくない?」
「あんまんはなかなか食べれないでしょ?」
テンションの上がってきた実夏。私は夕美と雑誌を見ることにする。
そうして肉まんを食べ終った後、私たちは近くの公園にいった。公園って言ってもたいしたものは何もない。ブランコと、滑り台と、鉄棒と、そして、砂場。きっと都市を造る上で、法律に書かれているであろう避難場所なのだろう。
「じゃぁ行くよ。私と夕美は下作るから、アンタ達は上を作りなさい」
早速仕切りだしたのは薫。別に異議もないので、雪だるまを作り始める事にする。手袋を無視して伝わる雪の冷たさは、きっと世界の無常さなのだろう。私たちは、別れて雪球から作り始める。
「とりゃ!」
「ひゃっ」
月が雲に隠れたころ、薫の声が聞こえた。後に聞こえた叫びは夕美だろう。すぐに何やってるかわかった。どうせ雪球を投げて遊んでいるのだろう。
「やったわねぇぇー」
そして夕美の声。球の飛ぶ音。そして、私の頬に冷たい感じが伝わる。
「由梨もぼんやりしてないで」
そう言ったのは実夏。私は立ち上がって雪を掴んで声が聞こえた方に投げた。その球は見事実夏に当たる。薫の投げた球が私の頭に直撃する。夕美は私に
「薫と実夏を狙え!」
とか言って球を渡した。街灯に照らされてオレンジに光る雪球が、空を飛び交う。
「あ、雨」
誰の台詞かはわからなかった。雪が雨に変わったのだ。その雨は激しさを増す。
「雨宿りするわよ」
そう言って、薫が走り出す。私たちもそれに習って、さっきのコンビニに向かう。造りかけの雪だるまは、黙ってこっちを見ていた。
この雨は私の心を刺す
星が泣いているんだと思う
白かった世界を灰色に変えて
段々崩れて消えていく
この世のものは全てそうなのだろう
何かに消されて
何かを消して
何かを造って
誰かを思って
「急だったわね」
とても体中が冷たい。凍ってしまいそうだ。この季節の雨は、何よりも冷たい。そして、何よりも怖い。
「薫、あんまん奢って」
また言ってるのは実夏。とても寒い。店員はなんと思ってるのだろう。
「この後どうする?」
「さらりと流すのね」
「解散にしない?」
最後の台詞は夕美だ。一人欠けると、だいぶ小さな世界は歪む。
「もっといてよ」
薫が言った。他の客に睨まれながらも、私たちは雑誌の前に立つ。
「ちょっとここに居ようよ」
「迷惑じゃない?」
薫の台詞に言い返す夕美。迷惑という言葉に興味がなさそうに
「いいって」
という薫。
とりあえず、自腹であんまんを食べることに決定した。
そのあんまんを食べ終わったころ、雨が雪に戻った。私たちは、また外に出た。公園に向かった。
公園の雪だるまは、冷たく、灰色になっていた。
「これでもやるの?」
夕美は聞く。帰りたいのだろう。
「やろう」
そう言った私。驚くみんな。
靴から染み込む溶けた雪。痛い。私は、とても重たい雪球を転がし始めた。雪は見る見る強くなる。そして、視界が悪くなった。
「やっぱりやめない?」
実夏が言った。私はそれを無視した。この雪だるまが出来たら、私はもっと特別な何かを得られる、そんな気がしたから。
そして、私が転がしているところに、薫が来た。
「私もやるわよ」
なんだか、嬉しかった。残った二人は立ち竦んでいた。でも、私たちは何も言わずに作った。重たい雪を転がした。少し経ったところで、残った二人がもう一つの雪球を作っている姿が見えた。
完成した頃には、雪球はかなり重たくなった。身体はかなり温かくなった。雪は、やんだ。月が顔を出した。
「せーの」
薫の掛け声で全員が雪球を乗せて、完成をさせる。出来上がった雪だるまは、土で少し汚れ、そんな顔が月に黄色く奏でられた。
私は、何がしたかったのかわからない。
きっと、天使に近づきたかったんだと思う。
何かを見つけられたとも思わないけど、きっと手に入れたものがあったと信じてる。月が輝く夜空に、私は呟く。
「きっと、先を見れるようになった」
周りの三人が、呆然とした。
月は輝いていた。