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中学生雑記 第一話〜脱走の迷園〜
はじめまして。私の名前は前渡恵。「めぐみ」じゃなくて「めぐむ」って読んでね。私の母さんが何思ったか知らないけれど「めぐむ」にしたんだって。いい迷惑だわ、もう。
私はキュートでアーネストな中学三年生、世の中にまれに見るヒッキーというやつだ。頭の良い諸君はわかっていると思うが、決してアーティストの愛称じゃないぞ。引きこもりというやつだな、うん。引きこもり暦は三年。周りのヒッキーというものは多少は良かれ悪かれ事情ってものがあるはずだ。私にはそれが一切ないんだな、不思議と。特別に精神的外傷があるわけでもないんだな、これが。
私は本が大好きだ。いわゆるひとつの漫画オタクなのだ。小説もそれなりに好きだぞ。ただしコミックノベルスだけどな。まぁ、そんなことはどうだって良い。
学校だってまったく行ってないわけではない。気が向いたら行こうと決心はしているのだがなかなか気は向かないものだな。それで引きこもりといえるのか、と思った諸君、参考にしてくれ。
何らかの理由で外出できない状態。精神医学的に病理性の高いものから,社会生活に対してストレスを強く感じるためなど,さまざまな原因が挙げられる。
〔2000
年(平成 12)厚生労働省により引きこもりに関する初の全国調査が行われ,引きこもりを「とくに精神的な障害がきっかけではなく,自宅や自室に 6
か月以上の長期間ひきこもって社会参加できないでいる中学卒業段階以降の青年の状態。現役の小・中学生の不登校は含まない」と定義している〕
これを見ると中学生は違うように見えるのだが、余計なことを気にすると呪うわよ。
私の家庭事情も面白くないんだけどおいおい話すことになろうから、今は気にしなくて良いからね。
私は今日珍しく学校に行くことにした。別に理由があるわけでもない。ま、1ヶ月に1日ぐらい行くように努力はしてるんだけどね。
のんびり歩いて学校にいったんだけど、困ったことに自分のクラスを覚えていない。先生からの連絡で一回か二回聞いたような気がするんだけど生活に支障はないと思って話を電話で聞きながら漫画を読んでいた気がするぞ。まあ、行けばおせっかいな先生が仕方なく教えてくれるだろう。
学校に着いたが時計をいると「\」と「]」いう、ナンセンスな字の間を長い針と短い針がつまらなさそうに指していた。遅刻かもしれないけどそんな細かいこと気にしてるといい大人になれないから気にしないことにする。なに?不登校の方がいい大人になれないだって?余計なお世話って言うか自覚してるんだけどね。
とりあいず三年生の教室の前をぶらぶらする。授業中のようだ。最初の教室、A組を通ったところでその教室の先生が出てきやがった。わざわざ受験生の授業とめてまでこなくて良いのに。
「ちょっと待て。前渡か?」
おまえに呼び捨てにされるほど親しくも優しくもないぞ、私は。
「あ、おはようございます、えっと、代宮(しろみや)先生、でしたっけ」
「おはようでも代宮でもない。こんにちは、そして私の名前は代官(だいかん)、だ」
偉そうな苗字だ。絶対こいつの祖先は農民だな。そんなことはどうでもいい。
「失礼しました、お代官様。私の教室はどちらでしょうか」
どうだ、これで満足だろう。
「おまえのクラスはD組だと思う。わかったら早く行け」
呼び止めたのはあんただよ。おまえこそ早く行ってやれよ。ろくな死に方しないぞ、じいさん。
そこからは誰にも呼び止められることなくD組に行った。
「みんな、おはよう!」
授業中だとわかっていて大きな声で言ってやる。ほとんど全員が私のいる前の戸を見る。先生が別に表情も変えずに
「めぐみ、おまえC組だぞ」
何!不覚!あのじいさんやっぱりボケてやがったか!ちなみに私はめぐみだ!
私は笑いながら教室を後にし、A組に復讐に向かう。人生に一度の大きな不覚がまた起きる。
C組の前で呼び止められたのだ。
「前渡さん、どこに行くのですか?」
優しい口調で先生が問う。しかとはしない。
「いやぁ、さっきA組のじじいに不覚にも騙されたんで逆襲に向かうところです」
微笑みながら正直に答えてやった。見事なぐらいバットタイミングで聞き覚えのある声の先生が来やがった。
「前渡!何やっとるんや!はよう教室に入りなさい」
妙なアクセント、中途半端な方言、この先生はおそらく担任であろう北谷弘成、三五歳、独身だ。気を取り直して
「おはよう、みんな!」
と、大きな声で言って入っていく。みんなざわざわしている。誰も呼応してくれる優しい人間はいない。私は不機嫌に一番戸の近くに座っている天然パーマの男に
「私の席ってどこ?」
と聞く。なんか怯えているようだ。私が思いっきり私服のせいか?そういやさっきどうして先生は突っ込まなかったんだ?
その天パー野郎は先生の前の席を指差す。
「何?私があの教卓の前のバッテストポジション?私ここでいい」
そう言って私は欠席者と思われる奴の席に座る。
「あなたの英語は間違ってるわよ。バッドの最上級はワースト」
先生が指摘しやがる。周りは笑いの渦に飲み込まれる。別に恥は感じない。そんな感情はとうの昔に捨てた。
英語の授業のようだ。私は言語処理能力に長けているので英語なんて余裕の潮干狩りだね。早速先生が私にけんかを売ってきやがる。
「これをなんと読むかわかりますか」
黒板のamong
the
treeという汚い字を指しなら問い掛ける。
「アモングザピーポー」
楽勝の蛙の卵だね。不登校だからって馬鹿にしすぎだね。
「はい、違いますね。アマングですね。ちなみにピーポーじゃなくてトゥリーですね。皆さん言ってみましょう」
何!誰がどう見てもアモングだぞ!これに屈したら先生のペースだ!負けるな、私!
「じゃあこれはなんと読みますか、前渡さん?」
今度はeither という単語を指差しながら言う。完全に遊ばれてる。
「アイザー、いや、イーザーだね」
今度こそあってる。自信ある。
「はい、これはアイザーでもイーザーでもどっちでも良いです」
なんだよそれ。もう、寝る。
気が付いたら授業は終わっていた。どれだけ寝てたか知らないけれど、にぎやかな雰囲気が教室を包む。何の時間だろう。とりあいず周りに合わせて列に並んでみる。私の後ろには誰も並んでこない。私の前に並んでいた女子たちが話し掛けてきた。最初に話し掛けてきた奴は、プリティー、キュート、ビューティー、エレガントの中のキュートに値する女だ。私ほどじゃないけどね。
「久しぶり。学校休んで何やってるの、毎日」
久しぶりって・・・お、とりあいず一年のときも二年のときも同じクラスにいた気がする。
「えっと・・・何やってるんだろうね、あはは。っていうか、あんた誰よ?」
他人事みたいに流して、思っていることを聞いてやった。
「樋渡静香だよ。中学校入ってからずっと同じクラスだったのにどうして覚えてないの?」
愚問だな。私は変わった名前のやつと、ゲーム・漫画のキャラクターの名前しか覚えないことにしているんだ。例外も少しはあるが。
「で、毎日何やってるの?」
「漫画読んだりゲームやったり旅に出たりいろいろしてる」
そう答える。強情張っても仕方ないからな。
「ふーん、そんなことしてるんだ。受験はいいの?」
そんなことはおまえらには関係ない。文句をいわれる筋合いなんかない。それより、だ。
「今何で並んでるの?」
「給食じゃん。時計見なよ」
それもそうだ。給食なんか関係ない。列から自分が占領した机に戻る。
「前渡さん、食べないの?」
またまた愚問。
「給食費払ってないの。毎日来るわけじゃないし、来なかったら私の分を他の奴が食べるんでしょ?何で他人のために給食費を払わなきゃなんないのよ」
「そうだね」
そうだよ。いいから持ってきたパンを食べさせろ。
別に待たなくてもいいか。待ってやる義理も義務もないんだし。そう思って私はパンしか入っていない鞄を机の上において、一人でもぐもぐジャムパンを食べ始める。どうしてこんなにジャムの入っていない生地に部分が大きいんだ。何でジャムパンといったらイチゴジャムなんだ。ブルーベリーだってジャムにすればジャムだぞ。なんか意味がわかんなくなってきたから考えるのを中止して食べることに専念する。そうしているところに隣の席にいたっぽい女子が話し掛けてくる。
「前渡さん、修学旅行同じ班だね。よろしく」
あぁー?何の話だ?修学旅行ってあれか?ちょっと待て、私は積立金とやらを払った覚えが一切ないぞ。っていうか中学生ごろから学校にお金なんか払った覚えはないぞ。そんな私の表情を察したのか、
「お金のことなら心配いらないよ。生活扶助から出てるはずだから」
そんなこと人前で言うな!ビンボーしてるってバレなくて済むならばれないほうが良いだろ!
私は不機嫌にイチゴジャムパンを口に押し込み教室から出て行く。
「どうしたの?」
しかとする。別にどこ行くってこともないんだけどね。
私は教室を出ても特にやることがないので全国唯一のお友達、鈴木薫(かおり)のところに行く。まったく、男か女かわかりにくい名前しやがって。ちなみに何のとりえもない女だぞ、鈴木は。
まず、廊下をうろちょろしてるようにしか見えない先生に鈴木のクラスを聞く。案外あっさり教えてくれた。E組だってさ。E組に向かう。
E組の戸に向こうにはわいわい騒いでいる金髪の女がいる。そいつが鈴木だ。
「おい、鈴木!」
教室中が静まり返った。このパターンは・・・
「このクラスには鈴木って言う苗字の人が五人いるから名前で呼んだ方がいいよ」
よかった。パターン外。
「じゃあそこの真っ黒なリボンに金髪のナンセンスな女、ちょっと来て」
そいつが静まり返った教室から出てくる。相変わらず変な奴だ。教室が元の雰囲気に戻る。
「久しぶりね。相変わらず変な奴ね。何の用よ」
先に遠慮なく言われた。どこが変だというんだよ、まったく。その台詞は鏡見ながらいいなよ。
「別に用はないんだけどちょっと打ち合わせ」
「用あるんじゃん」
そうとも言う。そこから面白くもない話が続く。別に面白くないから割愛ね。
「給食中に出歩くな!」
後ろから声がする。振り返ってみると、ニューフェイスのおじさんが立っていた。
「この学校はそんな事も自由になんなくて教室内に収容しようって言うの?」
「規則だ!教室に帰れ!」
規則で終わらせやがった。最低。
「じゃあ、このおじさんうるさいし、またそのうちね」
はぁー。話もできないのか、この学校は。いいところだったのに。ここの校長、閻魔様に舌抜かれてしまえ。こうやって人は不登校に走るんだ。自覚しろ。
私は教室に戻った。私の占領していた席には変なナンセンスで時代遅れの緑色の髪をしたピアス野郎がいる。
「あんた、そこ私の席よ。どいてよ」
その緑頭は
「ここは俺の席だよ。おまえは誰だよ」
「私は前渡よ」
「あぁー?はじめて聞いた。うちのクラスの奴か?あ、あの不登校か」
腹が立つな。私もおまえなんて知らんぞ。あたりまえか。
「いいからどいてよ。今朝私が占領したんだから」
その男は立ち上がる。そして列に並ぶ。私は荷物をしまって、そこの席で寝ようとする。周りは相変わらず賑やかだ。
さっきの修学旅行の話をしてきた失礼な女が、
「あの子も修学旅行で同じ班よ。見るに絶えないからできるだけ仲良くしてやってよ、私のために」
何でおまえのために仲良くしなければなんないんだよ。
さっきの緑頭は別の席に行ったようだ。
「そんなことより何よ、あの緑頭。給食食べに来たんじゃないだろうな」
「いや、給食食べ終わったら帰ると思うよ。別にいないほうが良いんだけどね。今日は何しに学校に来たの?」
さり気にひどいごもっともなことを言うな、こいつは。
「勉強に決まってるでしょ。その聞き方なんか失礼なんだけど」
「ごめん。じゃあ何で授業中に寝てたの?」
「簡単すぎてつまんないから」
半分ぐらい本当だ。家にいて毎日遊んでるわけじゃない。毎日遊んでると思ってる失礼な奴らが多すぎる。私はそう言ってまた寝た。
頭が何かに殴られた感じがしたので目がさめた。そには担任の北谷弘成、三五歳、独身がいた。
「何よ、気持ちよく寝てたのに」
「おまえの席はそこやないぞ。あの前のほうのとこや」
「いいじゃん、ここの席の緑頭いないし」
「みんなで決めたことはみんなで守る。それが民主主義や」
「私は決めてない」
「決めたかったんなら休むな」
別に決めたくないけど、っていうか自分の席に座るなんてこと誰が決めたんだ?ここのクラスのやつにそんな教育的なことを決める権限はないはずだぞ。
「なんか納得いかないけど、まあ、いいわ。早く授業再開してあげなさいよ。受験生なんだから」
私は結局動かなかった。北谷弘成、三五歳、独身もあきらめたようだ。そんなところで先生の面白くもない余談の塊のような社会の講義に耳を傾ける。そんなことをしてたら公民終わんないぞ。地理も歴史も終わってないんだから公民ぐらいは終わらせてあげなさいよ。
外から、バリーン、という景気のいい音がする。クラスメイトはほとんど全員が廊下へ行く。やはり誰も話を聞いてはいなかったか。
私もそんな一般大衆に混じって廊下を見る。そこには緑頭と別のオレンジ頭が立っていた。面白そうなので私は廊下に出る。北谷弘成、三五歳、独身が
「おまえら、授業に戻るぞ。席につけ」
と、大声で言う。だがそんなことを聞くものは一人もいない。逆に声を大きくして騒ぎ出している。
B組の前の廊下では緑頭とオレンジ頭が喧嘩している。緑頭は机を持ち上げてオレンジ頭に向かって投げつける。オレンジ頭は後ろに下がってよける。そして何の棒かはわかんないけど床から拾って振り回す。そんなんじゃ緑頭にあたんないぞ。その棒はガラスにあたってまた同じ景気のいい音を奏でる。なんか叫んでいる。何言ってるかはさっぱり。誰かは知んないけど先生が出てくる。遅いって。
「おまえらやめろ!」
そう叫ぶ。そんなことを聞くはずがない。私はそばに行って護身用に持っていっていた箒の棒で近くにいたオレンジ頭の頭を
「メーン!」
といって背後から力いっぱい殴る。そのオレンジ頭は私のほうに振り返る。痛そうに頭を撫でている。私はオレンジ頭と逆のほうに棒を放してG組の方に走る。オレンジ頭は追いかける。それを緑頭が私の箒の棒を持って追いかける。私の足は遅い。E組の前を通り過ぎる。後ろの戸のところ、私が通り過ぎ、オレンジ頭が通り過ぎようとしたところでオレンジ頭は顔から前に転ぶ。そこをすかさず緑頭が箒の棒で殴って気絶させた。鈴木がオレンジ頭を箒の棒で転ばせたのだった。助かったねぇ。そんな一件落着したところで先生達がやってくる。遅すぎだって。
「終わったのか・・・私と安藤先生で高野を保健室へ運びましょう。大平は紀伊先生と相談室に行きなさい。前渡さんも」
「何で私もなのよ!私のおかげで早く終わったんだからヒロインとして称えてくれても良いじゃない!」
「話は後で聞きます。紀伊先生に付いて行きなさい。はい、全員、授業に戻って。遠藤先生、ガラスを片付けてください」
このテキパキとした野郎は何なんだ?腹立つ!久しぶりに学校に来てやったのに。こうなったら
「先生、ちょっとトイレ行ってきます」
返答を聞かないで私は教室に戻って鞄を持ち、昇降口の近くのトイレに行く。はずがなく、そのまま昇降口に向かっていき、靴を履き替えて帰ろうと急いだ。誰かは知らないけど先生が追ってきた。私はスピードを三割上げて正門に走る。不覚。正門の鍵が閉まっている。私はフェンスの部分を飛び越えて帰った。
まったく、それだけの一日なのにすごく疲れたわ。今日の私の一日はおしまい。またね。
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